おまじない

 そういうわけで、木戸衣吹さんと握手をした。

 まさか、こんな早く木戸衣吹さんと握手をする日が訪れようとは思ってもいなかったので、我ながら準備不足を反省している。そもそも、なんでこんなスピード握手が実現したかというと、だいたいがソフマップのおかげだ。

 ちょうど、TrySailの1stシングル「Youthful Dreamer」が発売されたので、発売日の前日が全休という屑大学生の特権を活かして平日の秋葉原に繰り出したときのことだ。ソフマップのCDコーナーに辿り着くと、真っ先に「every♡ingミニライブ&握手会」というPOPを目にした。日程も金曜の夕方。金曜日の5限をブッチすれば余裕で行ける。どうやら参加券は先着で、今日から配布しているようだ。

 しかし、なんだかんだで時刻は13時を過ぎている。開店から3時間も経っているので、もう無理かな……と思い、店員にYouthful Dreamerを渡しながら「金曜のえぶりんぐってもう終わってますよね」と聞くと「あ、まだありますよ」と言うじゃないか。これはもう、こういう運の巡り会わせなのだと確信して「あ、マジですか!!!じゃあ……」と言い残してCDを取りに戻ろうとすると、優秀な店員である。「こっちで用意しますよ」と言ってくれたので、そのまま会計をしようとしたのだが、店員はさっき渡したはずのYouthful Dreamerの存在を亡きものにして、カラフルストーリーだけ会計をしようとするのである。どうやらおれが完全に推し変したものだと確信したらしい。まだ早い。

 さて、迎えた金曜日の朝は地球上の誰よりも緊張していた自信がある。これがお渡し会ならまだいい。だが、握手会なのである。握手してしまうのである。そして相手は木戸衣吹さんだ。果たして本当に握手をしてもいいのだろうか……と色々と悩んでいたが、そもそもおれの目的は、木戸衣吹さんに「矢吹可奈でいてくれてありがとう」と伝えることだ。握手をしに来たわけじゃない。いや握手しに来たんだけど。

 イベントはカラフルストーリーのリリースイベントだから、カラフルストーリーとケセランパセランの2曲を歌ってひとまずライブパートは終わり、いざ握手会という流れだ。ライブなのにオタクが光らないという、若干の文化の違いを感じつつも、生で聴くカラフルストーリーを前にして、とても精神の昂りを感じていた。every♡ing最高!

 握手会は、前方の人間は有無を言わさず列を作らされるけど、後ろのほうの奴は行きたい奴から行け!みたいな適当な順番らしい。内心これは助かった、と思った。木戸衣吹さんに伝えたいことは、ぼんやりと考えていたけど、やはり準備は肝心だ。心の中で、一言一句を暗唱しつつ、列に並ぶ。人間、緊張すると体裁が悪くなってしまう。平常心が大事だ。落ち着け、落ち着け、相手は木戸衣吹さんだ。麻倉ももさんじゃない。何を緊張する必要がある。今日は感謝の気持ちを伝えに来たのだ。 

 気付くと、前の人が木戸衣吹さんの元へと進んで行くところだった。

 

 めっちゃ緊張してきた

 

 係員から、どうぞ、と促される。

 

 そしておれは気付いた。

 

 山崎エリイさんとなに話すか考えてねえ!

 

 おれ「今日every♡ingのイベント初めてだったんですけどめっちゃ楽しかったですまた来たいです~~~」←めっちゃキョドってる

 

  エリイちゃん「そうなんですか~ありがとうございます~ふふふ」

 

 エリイちゃんいい子だな……そしてめっちゃ手柔らかい……

 いよいよ木戸衣吹さんの前へと進む。

 

 木戸衣吹さんから手を差し伸べられる。

 生まれてから20年間、一度も女の子の手を握ったことのないおれが、

 女の子の手を握ってしまうのだ。

 意を決して、木戸衣吹さんの手に触れる。

 

 柔らかい。

 

 女の子の手ってこんなに柔らかかったんだな……

 20年間生きてて初めて知ったよ……

 

  結論:女の子の手は柔らかい