オリジナル声になって

 木戸衣吹さんに「矢吹可奈でいてくれてありがとう」と伝えたい。

 根っからの可奈Pというわけではないし、本格的にプロデュース(という言い方が正しいかはわからないが)し始めたのも、数か月前のことだ。でも、不思議なくらい矢吹可奈には思い入れがあるような気がしている。そもそも、これほどまでに矢吹可奈が好きになったのは、劇場版「輝きの向こう側へ」を見たからだ。

 劇場版で、矢吹可奈は大きな挫折を味わって、アイドルを辞めるという決断をすることになる。本当は誰よりもアイドルが好きで、誰よりもアイドルに憧れを持っていたのかもしれない。でも、実力は誰よりも劣っていて、どれだけ頑張っても誰かに迷惑をかけてしまうし、アイドルという存在そのものに傷をつけてしまうと思っていたのかもしれない。自分の好きなことで失敗をするということは、とても耐え難いことだ。

 天海春香は、アイドルを辞めるという矢吹可奈を必死に引き留めようとする。天海春香の再三の説得にも関わらず、矢吹可奈は「私はあなたとは違う、輝いてない」というようなことを言い放ち電話を切ってしまう。このシーンは妙に納得したのを覚えている。自分よりも遥かに高い位置にいて、成功している人間に「自分も同じだから」と言われても、「違う」と思ってしまう。なぜだか矢吹可奈にものすごい親近感を覚えていた。

 最後に矢吹可奈を動かしたのは「どうしたいかだけでいい」という言葉だった。実力が伴わなくてもいい、まずは自分の気持ちを優先させるべきだという言葉に、矢吹可奈は救われたのかもしれない。結局、矢吹可奈が選んだのは「アイドルになりたいから、なる」という簡単な答えだった。

 では果たして、矢吹可奈はアイドルになれたのかというと、劇場版では明かされていない。彼女たちはあくまでバックダンサーであって、アイドルではないからだ。でも僕は矢吹可奈はアイドルになったと思っている。

 話は今年の4月のミリオン2ndに飛ぶが、「Birth of Color」の曲中で、「後ろの方まで見えてるよ!」という声が聞こえた。紛れもなく木戸衣吹さんの声だ。僕はこの言葉を聴いた瞬間、矢吹可奈がアイドルになった、それもトップアイドルに!と確信した。なぜならこの言葉は天海春香のものだからだ。最初から用意されていたセリフなのか、木戸衣吹さんのアドリブなのかは知る由もない。でも、木戸衣吹さんがこの言葉を言ってくれた、ということがとてつもなく大事なことのような気がしている。

 だから、矢吹可奈をトップアイドルにしたのは木戸衣吹さんなのだ。去年のSSAでオリジナル声になってを歌ったときは、木戸衣吹さんは歌っている途中で泣き出してしまった。でも、今回は笑顔でしっかりと、「後ろの方まで見えてるよ!」と言ってくれた。だから矢吹可奈はトップアイドルになったのだ。

 「矢吹可奈でいてくれてありがとう」ということは、いつか必ず木戸衣吹さんに伝えたいと思う。